2012年7月1日日曜日

We are in the same boat.

#1 Wedding ceremony is always something.
結婚式にまた行ってきた。

あの結婚式特有のはがゆさ、違和感。それはそれで良いのかもしれないが、自分には無理そうだと改めて納得。

結局行って帰っての本当のとんぼ返りだったのでなんちゃってふるさとを堪能できずに終わった。

抹茶味のひよこがあったので買ってみたくらい。

#2 Everyone is going their own way.
みんながどうしているか。結局結婚式というのは同窓会と同じようなものらしい。

呼んでくれるということは、いま#1のようなことを言ったけれども、とても嬉しいことで口には出さないけど、感謝の気持ちで一杯。

裏を返せば、自分の結婚式の時にあれだけの人たちを呼べるかどうか不安ではあるけど。

とりあえず同期の先生たちは今まで聞いた通りの経過をたどっているみたい。

#3 Psychiatry is a slow practice.
精神科に進んだ人。当直などをこなしながら、でも9時5時の生活らしい。羨ましいなと思ったけど、でも5時以降は当直医が来たりするから残りにくいし、でも精神科は書類仕事という一面が大きいらしく、当直の際には「小学校の宿題」みたいに書類を書いているそうだ。

病理で嫌になったら精神科も次の選択肢としてはいいよ、と言われた。

実は個人的には精神科も悪くはないかなと思っているところ。

心の問題というのは語弊を恐れずに言うならば検査値で分かるわけではなく、かなり主観的な問題。現段階ではまだ画像や検査値での診断は困難で(脳血管性認知症ですらこの画像所見があれば認知症とはいえないはず)、DSM-IV(来年DSM 5が出るらしい)やWHOのICD-10は診断においてアルゴリズム的な診断を用いている。

だからこそ患者さんが診断基準を入念に勉強してその基準にあった症状を訴えれば簡単にうつ病や統合失調症になれたりするんだけど。

そこからは経験と勘の範疇。結構外来や救急対応をしているとわかるけど、嘘をついていそうな人はだいたい分かる(もちろん分からないこともあるし、疑わしい時は状況に応じて意図的にどちらかに転がすときもある)。

あと自分が精神疾患を患っている人は精神科医にならないほうが良いとも言われている。それは共倒れすることもあるから。


適性なんてやってみないとわからない、というのが持論だけど、もし現時点での適性は?と言われると精神科かもしれない。

#4 Back to when I was in the psychiatry training.
ブログの過去のエントリーを見ていると、どうやら2010年6月くらいみたい。Bloggerって便利♪と思う。

その時のブログのエントリーを見ても精神科の研修について取り立てて書いていないけど、あの1ヶ月間は自分にとってすごく新鮮だった。

あの1ヶ月間で学んだもの

・精神科は時間の流れ方がすごくゆったりとしていること
・精神科の診断、投薬はかなり論理的だということ(裏を返せば操作的とか機械的とか言われるかもだけど)
・落下しそうな飛行機を再上昇させると言うよりも、どちらかというとこれ以上落下させないようにゆっくりと高度を落とすような、そんな治療

うつ病の投薬のレクチャーは自分にとってかなり斬新だった。もちろんうつ病は精神科の範疇で自分のような一般内科医が見るべきではないと考えているけど、実際には来てしまうし、稀には仕方がない、という状況もありうる。

それでも紹介しようとは思っているけど(笑)、実際にどのように治療をされているかがわかれば紹介する側からしても楽だしスムーズにいく。

#5 Prejudice is inside us.
「精神科」に対する偏見というのは個人的には患者さんよりも非精神科の医療従事者の方が強いと思うので。

よく外勤先の病院で精神科疾患の既往のある身体疾患の患者さんを入院させようとすると「もし暴れたらどうするんですか?」と必ず聞いてくる。

別に統合失調症でもコントロールが良ければ暴れるとは限らないし、、、もし自傷他害があれば精神科か警察に連絡するし、、、といってもなかなか聞いてもらえない。自分たちが直接接するから余計怖いというのがあるのだろうけど。

個人的には暴れたらホリゾンかドルミカム、もしくはプロポフォールで眠ってもらうのが一番と思う。精神科での身体疾患のケアというのは単科病院であればあるほど手薄くなるのは知っている。なので身体疾患がメインであれば一時的であれば一般病院で受けるのが妥当と思っている。自分が見れればそれが一番いいんだけどね。

#6 Overall psychiatry is logical.
結局のところ精神科は自分に向いていると思った理由が精神科という科が「あいまいなものに対して論理的にアプローチする」科だということ。

基本的には患者さんから口に出された言葉が治療の基本になるので言葉を十分に解釈する必要がある。「元気ですよ」と言っても本当に元気なのか、無理して言っているのか、それとも躁状態なのか。それを判断するために経験+αのスキルが必要なんだと思う。

2012年6月24日日曜日

Learning new things.

#1 Bone marrow and renal biopsy
最近初めて骨髄生検と腎生検を読み始めた。幸い初心者向けのとてもわかりやすい読み方の本が手元にあったのでなんとか診断(の下書き)まで辿りつけた。

初めて、というのはだいぶ少なくなるけど、でもまだまだ減りそうにはない。

なんか高校の時に勉強した三角関数や微積分を思い出すような感じ。

cos, sinやlim, integralを使うのが格好良くて、無駄に勉強していた感じ。cos^2x + sin^2x = 1とかlim x->0 sinx/x = 1とか色々書いてはにやりとしていた。

こう書くと変態に見えるけど、結局はこの勉強の結果、今があるわけだから無駄とは言えない。

#2 Calculus is useful.
よく日常生活で微積分なんて使ったことがない、ということをよく聞く。そういう人は数学に対して恨みすら持っていることが多くて、たいていは説得しても無駄なので「数学はすごく役に立つよ!」とは言わずに「そうかもね」と軽く同意する。

別に微積分が日常生活に重要だ!と言うわけではないが、そもそも数学というのは現象を抽象化して抽出したもの。ある程度具体的なレベルに落とせば、そこら中に転がっている。

自分の例で言うとf(x) = x^2はy軸を中心に対称の図形。xがマイナスの時には減少するがxがプラスの時には増加に転じる。

脱水の患者さんに点滴を負荷してもすぐには尿量は増えない(期間を区切ってしまえば輸液を負荷しているのに尿量が減少し続ける、ということもありうる)。ある程度時間差をもって出てくる。それに気付かずに少ないからとどんどん負荷をすると今度は溢水になる。f(x) = x^2と同じカーブを描くわけではないが、最初は減少していてもいずれは増加するんだ、という感覚が必要。

それをどういうふうに解釈するかというとf'(x) = 2xとすれば、f(x)が減少していてもでもf'(x)は単調増加になる。尿量は減っていても、「減り方が減少している」(「傾き」は増加している)と判断して待つことが出来る。

#3 Check the differentials
増えている、減っている、という単純な比較だけじゃなくてこれからどういう傾向になっているのか、と考えるのが重要。

0, 1, 4, 16, 25, 36となれば増えているし増え方も大きくなっていると分かる(f(x)は単調増加、f'(x)>0)。40, 50, 55, 57, 58, 58.5とくれば増えているけど、増え方が頭打ちになっている(f(x)は単調増加、f'(x)<0)。

これくらいはっきりすれば数式を使うまでもないけど、実際は微妙なところが多く、その時に微分の考え方を持っていると、大まかな推測をすることが出来る。実際に計算すると言うよりもそういう概念を持っている事の方が重要だと思う。

概念を持つということは、やっぱり地道に計算問題を通して慣れるしかない。

#4 Problem solving
例えばパラメーターが4個あるとき、パラメータを求めるためには関係式が4個必要(例外はいくつかあるけど)。

かなり大雑把だけど、問題を解く時にどういう条件が必要か大まかに参考になる。

一般的に証明をするとき(自分の知っている高校数学の範囲内だけど)、直接証明する方法(演繹法)、帰納法、背理法がある。どれを使ってもいい場合もあるし、これのほうが証明しやすい、というのもある。

背理法を用いると、AかBかどっちだろうと悩んだ時に少なくともBではないことを否定すればAの可能性が高いだろうということになる。実際にAかBかはっきりと区別することが出来ないことが多く、どちらの可能性が高いとしか言えないこともある。

#5 Cloud computing
レンタルサーバーのファーストサーバでデータ障害が起きて、データの復旧は困難とのこと。

まぁ本当はバックアップをきちんと取っておいて、こういう時に備えるんだろうけど。

一般的に言われているとおり、一番は物理的なバックアップ(紙, DVD/CD)。

ただ地震があったことでクラウドの重要性がましたような気もする。

どっちも重要ということなんだろう。恐らく。

2012年6月17日日曜日

雑多感

#1 Business people
最近忙しい、ことになっている。いわゆるビジネスな人になるのだろう。

じゃあbusyじゃない人、free peopleは今で言うNEETになるのだろう。

昔床屋さんで平日の朝10時くらいに行ったら

「お客さん自由人ですかぁ?」

と言われたことがある。自由人って…なにそれ?てな感じで、自分は今学生で、今日は講義が休みで最近忙しくて髪を切る暇がなくて…と説明して納得してもらったけど。

多分いわゆるNEETと思われていたのだろう。まぁいいんだけど。

#2 Social safety net

このご時世、自由に暮らしていてもそれなりの知恵があれば生活保護を受けられるからいいんだろうけど。

ただ、病院内での生活保護者に対する医療従事者の態度はあまり良くない。生活保護者の中に受診態度が好ましくない人が多い(あくまで個人的な印象)のだけれども。もちろん素直な人もいたりしてその時はあとであっ、生活保護だったんだと気づくこともある。

医療の内容が変わることはないけれども、病院的には医療費のとりっぱぐれがないとかに関する。また個人的には医療の必要性の有無の書類(正式な名前は忘れた)に「●●のため医療が必要です」と書かなくてはいけないことくらい。まぁ正直要らないだろ、と思う人もいるけど、「医療の必要性はない」と書く人はいないだろう。

必要もないのに病院を受診する、というのはpsychologicalな問題だという認識もできなくはないので。

#3 Cookbook.
本の自炊。英語ではまさかcook bookとは言わないだろう。ちなみに英辞郎には該当表現は見つからず、wikipediaだとbook scanningというらしい。まぁ当然か。

本の自炊生活もだいぶpeakになりつつある。というか本を買うときに自炊向きかそれとも保存しておく向きかを考えて買うようになった。

薄い本でしかも内容が濃いもの、多少厚い本でも辞書的にしか使わないものは自炊向き。ある程度厚くて引用する回数が多いと思われるものは自炊には向いていない(パラパラとめくる作業ができないため)。

ただ、忙しいのと面倒なのがあってなかなか自炊できないというのもあって全部が全部というわけではないけれどもまぁある程度はできたかなと。

バイトを雇いたいという人がいる気持ちもわかる。

自炊した本を果たして読むのかという疑問がひとつあるけれど、結論としては

読む本は読むし読まない本は読まない。

紙の時とさほど事情は変わらない、ということみたいだ。ただ、PDFというかタブレットPCの制約上しおりはあった方が断然に読みやすいことが分かった。

目的地までのたどり着き方がぜんぜん違う。

なのでこれからは作ったPDFには必ず栞を入れようと思った次第。

2012年6月10日日曜日

雑多感

#1 診療マニュアル
半分は必要に迫られて、もう半分は趣味的に診療マニュアルを作った。

内容は総合内科・一般外科的なもの。以前の診療の中心であった救急をベースに現在の外来の中心である慢性疾患を取り入れたもの。

いわゆるレジデントマニュアル系の本が救急を主体にしているため、両者を取り入れた(外来、当直を週一くらいでする)本がなかったというのが一番の理由。

後は3年間の臨床経験をそろそろまとめてみようかというのも他の理由。

書いていくととりあえず今Wordで50ページ超。結構自分が曖昧に覚えていたことも多かったことに気づいた。

そもそも全然知らないや、ということも少なからずあった(肝炎とか)。バリバリやっていた頃とは若干治療の主流が変わってきているみたいだ。たかだか1年ちょっとなのに。

最終的には100ページくらいでひと通り揃った本を作りたいなとおもっているところ(出来れば出版も?)。

#2 Studying English
技師さんが英語を勉強しているという話を聞いた。

正直、何でいるの?必要なければ勉強しても無駄じゃない?と一瞬思ったが、「趣味」と考えれば別にいいのかとも思った。

自分が英語の勉強を始めたのもそもそも中学校からで試験に英語が出るからという程度。でもハマり始めてからはそんなの関係なしに四六時中やっていたような気がする。

今は英語の勉強と言うよりも英語で勉強と言ったところ。英語の本がなければ多分業務も結構厳しくなる。

ただ、必要上迫られて勉強しても、重要なところしかしようとしないからあまり身につかないのかもしれない。

だから、その技師さんみたいに「もしかしたら将来必要になるかもしれない」なかで趣味という形でまえもって勉強するのはある意味ベストなのかも。

Speed learningがどの程度効果があるのか(はっきり言って宣伝されている通りだと効果はないと思う)分からないけれど、少なくとも勉強をしているというのはゼロよりも大きな進歩のはず。

2012年5月13日日曜日

The power of energy drinks他


#1 The power of energy drink
最近エナジードリンクに凝っている。凝っているというよりも必要上迫られて飲んでいると言った方がいいのかもしれない。

臨床をやっている時は目をつぶっていても口をぽかんと開けていても患者さんはやってきて、そして悪くなったり良くなったりする。もちろん起きてはいるけれど、多少頭がぼけていてもまわりから「先生それ違う!この人K高いんだからKN1号にしなきゃ!」とか言ってくれる。

でも標本は迫ってこない。その代わり逃げても行かないけど。

なので、見る時は常に集中する必要がある。集中力が途切れてもとりあえず外来はできるししなくちゃいけないけれど、標本は見ることが出来ない。

それが飲み始めた理由。

#2 New drinks
今までは飲むものと言ったらリポビタンDかもしくはその安いalternativeくらい。箱買いするんだけど、瓶だから結構重くて面倒になってすぐに飲むのをやめる。

まぁ必要なかったんだけど。

で、ある時に技師さんから「先生、Redbullいいっすよ!」と教えてもらった。

どーせ、エナジードリンクなんてどれも一緒でしょwと思っていたら、かなり効いた。

午後の昼寝タイムがなくなった。

いつしか毎日飲むようになった。そして1日2本になった。

若干中毒かなと思ったけど、これがないと仕事にならなくてそれを考えると安いなと思った。

そして今Monster Energyという飲み物が発売された。

それも最初知らなくて例の技師さんから教えてもらった。

これはRedbullより効くかも。。。緑はまずくて飲めないけど、オレンジなら何とかいける。

#3 Who needs it?
まぁ自分が必要なのはさておき、一体どういう人に必要とされているのだろうか?

まぁ純粋に考えるとビジネスマンだとかなんだろうけど、例えば受験生とかが愛用していたら世も末かなと思ってしまう。別に悪くはないけど、そこまでしなくてもと思ってしまう。

いや、昔の人からしたら「そんな徹夜で標本を見なくても…」と思われているのかもしれない。

#3 Diagnostic skills
この前指導医(one of them)から自分の診断力が落ちているとの指摘を受けた。

まだ病理を始めて2年目だし、この時点で診断力云々を言われても…という印象。

一応大器晩成ということになっているから(笑)、ゆったりと構えるようにはしているつもり。

また別の指導医(another, 指導は受けてないけど)からは「Potentialを感じる」とも言われた(らしいということ)を知った。。

正直ちょっと嬉しかったけど、でもふと思った。一言も話をしていないし直接的に(間接的にはあるけど)標本をやり取りしているわけでもないのにどこから感じるのだろうと。

#4 After all...

まぁいずれにしてもあまり深く考えずに流れに身を任せるようにしようと思う今日この頃。

クビと言われれば、総合内科でもやるか。

2012年5月6日日曜日

About facebook

#1 Golden Week ended.
結局仕事はあまりはかどらなかった、ということ。

もともと仕事をしっかりするつもりではなかったので当然といえば当然なんだけど、こういう仕事の仕方はあまり良くないと常に思う。

#2 Utility of facebook
Facebookはすごい。mixiでもcatch出来なかった「レア」な人が結構引っかかる。しかもmixiでは嫌がられていた本名をみんな載せている。

あのmixiの個人情報云々の議論は何だったのかと思ってしまう。

多分個人情報を必要以上に隠す向きと不必要に露出してしまう向きの2つの流れがあるのだろう。

#3 Reunion of all periods
自分が「友達」として登録している人だけでも小学校、中学校、高校、大学、初期研修先、現在の職場の人とこれまでの自分の人生のあゆみをそのまま反映しているかのような感覚がする。

コメントを投稿すると「変わってないね」というresponseを受けたりしてまぁそうなのかもしれない。三つ子の魂なんとやらというし。

#4 What do they do now?
一昔だと同窓会に行くか知り合いづてにしか自分の同級生が何をやっているか分からなかった。でも今は卒業アルバムを片手にすればある程度有名であれば(academicの世界はほどほどでもネットで検索される)簡単に引っかかってしまう。だから何ということでもあるけど。

ただ、一番は女の子は顔が変わってしまうこと。男の子の場合は(一人デブ→激痩せしてスマートになった人を除けば)だいたい面影を残している。しかし女の子は化粧をされると分からない。もちろん分かる人もいるけどわからない人が多いかも。

ここからは個人的な感想だけど(もともと全部そうなんだけど)、小学校、中学校の頃に「美人」とされてきた人が必ずしも今(30手前)にも綺麗だとは限らない、そしてその逆もあること。「友達」の写真を見て「あれ?こんな美人だっけ?」と思うこともある。美人→いまいちが多い印象だけど。

美人かどうかというのは様々な補正がかかるから一般的にそうだというのは難しいけど(でもよくあると言われている)。

#5 So where are those who have dropped from friends list?
友達の友達はみな友達じゃないけれど、友達同士はつながっている。例えば中学校の同級生で言うと自分の友だちから探しだすと芋づる式にひっかかる。AさんとBさんが仲良くなくてもBさんとCさん、CさんとDさんがなかよくてそのDさんがAさんと仲がよかったりする。

なので誰かをかなめにするとfacebookにいるであろう人が大体はひっかかる。

もしひっかからないとすれば全く別世界で生きているということになるが、人は大抵自分のこれまで生きてきた道のりをベースに先に進んでいくので、完全に別世界で生きていくのは難しい(あちらの世界に飛び込むとか)。それは家族さえも否定するということだから。

となると残りはfacebookをしていないということになるが、それもこのご時世かなり「レア」になりつつある。就職活動で強制されるくらいだし。みんな横並びが普通とすればfacebookをしないのはかなり異質という印象になる(電子機器に疎いだけ?)。別に筆者がfacebookを推奨しているわけではないのであしからず。

そうでもないとすれば後は、、、死んだのかということになる。これも大抵は連絡が来てもよさそうだが、いかんせん自分は出身地とは遠方にいるので連絡は来ないかもしれない。しかしそれも今後はfacebookで瞬く間に広がるのかもしれない。

#6 Where is the facebook going?
色は匂えど散りぬるを我が世誰そ常ならむ

別に仏教に傾倒しているわけではないけれど、多分廃れる日が来る。インターネットにおけるコンテンツの消費速度から行くと、せいぜいもって数年後くらいではないかと個人的には推測している。

利用者の増加速度が低下した(要するに二階微分=加速度が低下)とのことで、このまま行けば頭打ちになるだろうと。

はっきりいうとfacebook自体にはfacebookが提供するコンテンツがない。ないわけではないけど、それは利益を生み出すpromotionの一環であって利用者を惹きつけるようなものではない。

ではコンテンツとは何か。それは利用者どうしのつながりということになる。

現実世界では絶対に会うことがないだろう、話すことがないだろう人と話が出来た。Facebookを介して同窓会を開くことが出来た、恩師と連絡を取ることが出来た、など。コンテンツは利用者が作っていく。

正直それが続く秘訣になるのかは良くわからない。ただmixiの衰退は(個人的には)余計なサービスと不必要な制限(援助交際などの防止の為?)が利用者離れを加速させたように感じる。もっともそういうことをしなくても徐々に衰退していたのかもしれないけど。

あとbusiness mindに燃えている人は次はどのようなものが流行るかというのを考えているんだろうな。

Mixiやfacebookが築いた「日常の人間関係をネット世界に持ち込む」というのはもはや常識化していて、人間関係というのは必ずしもいいことばかりではないから実際に嫌気がさしてくる人もいる。いわゆるmixi疲れみたいなの。それに対しては退会という選択肢しかなかったけど、一時的に退避出来たりその関係だけをはさみで切れるようなことが出来ればもっと面白いかもしれない。Cut and pasteの人間関係とか。

それをどういう風に展開させるかが楽しみ。

2012年5月1日火曜日

雑多感

#1 April ended.
風のように過ぎ去った4月。結局何もしてないや、と思ってみたりある程度生検を見るということが習慣づいたとも思ってみたりする(消化管、子宮がメインでたまに皮膚や脳が入ったりするけど)。

4月の反省をと思っても、いまいち思いつかない。

4月とはそんなもんなんだろう。

#2 How to use android pad as a diagnostic tool
Android pad(eee transformer 101)を購入してみたけど診断補助ツールとしての利用はいまいちだった。

なんとなく本を自炊してPDFにしてみたりしたけど、結局あまり読まなかったりする。調べ物をしようにも普通の本と同様な感覚でいたらとてもトロくて全然使えなかった。


PDFにはPDFなりの使い方がある


WHOのPathology and Genetics of Tumoursのシリーズがダウンロード(無料で, WHO IARCのサイトで)できることがわかってから状況は一変した。

目次がついていて、うまく行けば3~4ステップくらいで目的の項へたどり着くことが出来る。WHO bluebookは一応紙ベースで読むことを前提にしたものみたいでPDFだと読みにくいけれども、"WHO bluebooks at hand"ということだけでも非常に有意義(4th edはないみたいだけど)。


それから使い方というのが少しわかってきた気がする。

なかなかPDFの本が普及しないのはまだ検索方法(=読み方)がこなれていないからだと思う。

PDFになれば索引という概念は不要(indexを登録しておけば早く検索できるかもだけど)、ページ数も気にする必要が無い(ただ図や文字を大きくしすぎて1ページあたりの情報量が減るとかえって使いにくいかもしれない)。

kindleやibookの形式みたいにデータを表示画面や文字の大きさに応じて変えたりするのが本当に使いやすいのか(往々にしてこのページ見たことがある!というのはこの文が右上にあったとかだったりするので)まだまだ議論の余地があると思う。

漫画みたいなある種読み方に型があるもの(基本的に1ページ目から読む、途中でページを行き来することなく単調にめくられていく)は使いやすいかもしれない。まさか漫画を後ろから読み始める人はいないだろう。

ただ参考書みたいに最初の一ページ目から読むわけではない、他の離れたページと行き来する可能性がある、後ろから(索引から)読み始めることもあるようなものをPDFで実現できたものをまだ知らない。

単語を入力して該当するページを表示すれば良い、というだけではまだ甘い。実際何となくで考えながら本をめくっていることもあるから。

自分はそういうのに投資はしないが、その問題を解決できたらもっと普及すると思う。