2012年7月4日水曜日

Talk with him.

#1 What is your plan?
部長とお話。

いろいろ話はひろがったが、今の仕事量が多いこと、研究どころではないことなどを話した。

そうしたらどうしたいのと。

まぁどうしたいこうしたいはあるけどねぇ。

休学する?とも言われた。

あまりにアホすぎてちょっと動揺した。入って3ヶ月で休学とかあまりにもアホすぎる。

結果的に標本量をちょっと少なくするということで結論を得た。それでも多分余裕はでないと思うけど。

#2 My plan in the past
こういう結果になるだろうというのはだいたい予測できていたので予定通りといえば予定通り。

はなから自分には学位を取ろうなどという気はさらさらなくて(取っても良いとは思うけど、今の環境下では多分無理)、でも一度も挑戦せずに諦めるのは時期尚早かと思っていたところ。

そこで部長は学位を取るかと聞いてきて、じゃあ大学院に行こうかということで入った。

本来大学院を選ぶ時はここで本当にいいのか、具体的に言うと指導教官の指導力(≒指導実績)を見るべきで、これまでの経過から多分無理だろうというのは明らか。

だからまあ辞めることを覚悟で最初から入った。

ただ、まさか向こうから休学にする?と言われるのは想定外だったけど。

#3 My plan in the future
どうしたいの?と言われて、ふとどうしたいというのがないことに気づいた。

すごくcompactに生きるのならどこかの病院で小さく暮らすか。

それとも大々的にどこかの教授にでもなるか。

今の自分の状況を鑑みると、人を育てることに責任を持つ必要があり自分にはちと荷が重いか。
(はっきり言って責任を果たしていないように見受けられる人もいるけど、「親はなくとも子は育つ」しそういうものなのか)

あの場面ではうまく言えなかったけど、どっちともつかずになるのなら、まずは診断を集中的にする。もう3~4年いて診断に関しては文句なし、と言えるくらいになるまでtrainingを続ける。その方が道もstraightでよい。そして休学をする意義が乏しく退学の方が退路がなくて良い。

という結論に至った。

2012年7月1日日曜日

Everyone is going their own way.

#1 Everyone is going their own way.
結婚式での感想を若干引きずる。

小中学校、高校もかも知れない。「私たちはそれぞれの道を歩んでいきます」という下りが卒業生の答辞にだいたい入っている。

今ならすごく分かる。だからなんだってことなんだけど。

1年前に同じline上にいた人たちもわずか1年で、例えば自分の病理と精神科のように全く別のpathwayをたどっていく。

と思えば消化器内科に進んでいる人がもう病理をしたいと言ってみたりしている。

イメージとしては2次元の中を放射状に広がっていくと言うよりも3次元の箱のなかで開放されて飛び交っているようなもの。

Facebookで絶対に会わないだろう人たちとまた出会えたことも含めてすごくそう思う。

#2 Who is the winner?
そういう考え方をするとあまり出世したとかしないとかは意味が無いのかもしれない。ちょうど中学入試でやったような立方体をどういう面出来るか、という話と一緒。

切り方によっては三角形だったり長方形だったり、正六角形も可能。切り方によって面が変わってくるのでそんな中で上下を考えても意味が無い。

とはいえ、一般的に認知されている職業だったりすると「うらやましい」と思ってしまう。その程度。

「自己実現」という切り口を使うと自分はかなり下の方かもしれない。今すぐ大学院を辞めて東京外語大学に入りなおさなちゃw

#3 Break is necessary, sometimes.
時には休憩も必要。

看護師さんの中には人生の休憩と称して仕事を辞めて一定の期間体の良いNEETを過ごして再就職する(派遣など)という人もいる。

でもやはりNEETは歓迎されるべきものではない。病院のためというよりも本人のためにもうちょっと我慢したほうがいいよとは言うものの、やっぱり辞めていく。

引く手あまたなのだろう、今のところは。

まぁ女性が多いから結婚できれば問題ないのだろうけど。

We are in the same boat 2

#1 We are in the same boat.
前回のエントリーで精神科の前置きが長すぎて本来書こうとしていた話題にたどり着かなかった。

その後kmjの検査技師さんとごはんを食べに行って、最近の状況についての話題交換。

自分の置かれた(自分にとっては不遇な)境遇について延々と語った後、向こうのそれまた不遇な状況について聞いたところ。

すごく月並な結論なんだけど、「みんな苦労しているんだ」ということ。

#2 Advice for someone is also advice for myself.
自分のことはさておき、人にアドバイスをするのが好き。

お前に人にアドバイスをする資格はあるのか?といわれそうだけど、赤の他人の目線というのは意外と有難くて、知らず知らずのうちに自分の中で泥沼に入っていることはしばしばある。

優秀な人というのは、泥沼に入っていることを自覚してそれを冷静な視点で見て自ら修正することが出来るのだろう、多分。

その検査技師さんは「自分に他の人以上に仕事を押し付けられて、しかもやったことない手技をほとんどフィードバックもなしにさせられるし大量の仕事で時間がかかって苦情が来ても自分が謝らなければいけない」というもの。

多少盛っているかもしれないけど、前後の事実関係から多分9割方は事実なんだと思う。

少ない給料のわりに任されている仕事量が多いことにはすごく同情をする。

一般的にこういう問題というのは
解決のしようがない
ことがほとんど。多分今その人が勤めている病院では人が少なくてそれでもこれまで通りに回さなくちゃいけない。要求水準を満たすために無理やりやっている感があるのだろう。

これは結構重要なことで、多くの人は(時として自分も含めて)自力で解決しようとすることがあって、でも解決しなくて破綻してしまう。どこかのワタミ会長みたいに無理にやらせてみて、ほらできるでしょ、出来ないとは言わせないというのは論外として。

その時にするアドバイスとしては

・自分の現状(と出来れば他の同期の人達の現状)を具体的に把握する(勤務時間、仕事量等)
・自分のスキルを把握する(この仕事なら何分でこなせる)
・上記の結果起こっている問題点を把握する(・先週は●件「遅い」という苦情が来た)
・以上を上司に伝える

「苦しくて大変です」という訴え方はとても感情的で「苦しいのはわかるけど、若いうちは苦労が必要だから大変だろうけどもうちょっと頑張って!」と感情的に返される。でも仕事量と自分の現在の実力、両者の解離によって起こる問題を「伝える」と、それに対して上司に「判断」を迫ることになって、逃げにくくなる。

もちろん「大変だろうけど頑張って」と言われる可能性もあるが、その時点ですでに以後起こるトラブルは上司が自動的に責任をとってくれることになる(かどうかは、実際のところはわからないけど、少なくとも「部下の仕事の管理」が出来ていないことになるので、多少の責任はなすりつけられるだろう)。

たまに「じゃあどうしたら良いと思う?」と聞かれることもあるがその際は「自分のスキルアップを目指す」ことはもちろん、「最終的にnegative feedbackを受けるのは患者さんだ」ということを強調して、部門全体として問題を捉えて解決すべきだという方針に持っていく。

逃げのように思うかもしれないけど、これは問題解決の本来のあり方で組織が大きくなればなるほど、個人の努力を過度に期待した働かせ方というのはかなりリスクが高くなる。頭の良い上司なら「がんばれ」と言って、適当に問題を放置した結果最悪の事態が起こりうる、ということを必ずわかってくれるはず。

#3 Unidentified complaint.
不定愁訴のような訴え(緊張型頭痛等ストレス?から来ると思われるものを含む)をする人には以上のような解決できない悩みを持っている人が多い。

それは他人から見てもどうやっても解決できないゲームのようなもの(たけしの挑戦状みたいな?)。

もしかしたらかなりtrickyな攻略法があるのかもしれないけど。

経営者なら義務に加えて権限を持っているからまだマシ。中間管理職や下っ端の人は大した権限もないのに義務が半端なく多いからストレスが掛かる。

それは会社だけじゃなくて、いわゆる嫁姑関係にも見られると思う。

(ストレスというのはかなり曖昧に使われれて、プラスマイナスや程度は個人によって相当変わってくるから十把一からげにストレスとまとめて使うのには抵抗があるが結局便利なので使うけど)

本来はそういうのを含めて上司が吸収すべき、きちんと目を配って過度な負担が加わらないように監視すべき。

もし自分がそういう立場になったらちゃんとしようと思っているが、それでは現在困っている人には何の問題の解決にもならない。

#4 Practical solution
じゃあ実際どうするか、ここまで読んでもらえたら多分分かると思うけど
なるようになるしかない
というのが基本方針。自分の権限や+αの行動でどうにかなるのならどうにかするけど、どうにもならないことに対して考えるのはresourceの無駄。

問題解決の放棄とも思われるかもしれないが

xに関する二次方程式 ax^2 + bx + c = 0 (a ≠ 0, b^2 -4ac <0)

の実数解は「なし」というのが正解で、方法の一つに「不可能」という選択肢を加えることで例外がなくなり見通しがずっと楽になる。

もしかしたら解決できるかもしれないけど、様々な制約を考慮すると「不可能」というのは立派な解決法になる。

#5 Impossible
実際の状況では「不可能でした、てへぺろ」では駄目なので諦めるか他から代償を持ってくる、という発想になるだろう。

「大変です!」「がんばれ!」からはこういう発想は生まれてこない。

We are in the same boat.

#1 Wedding ceremony is always something.
結婚式にまた行ってきた。

あの結婚式特有のはがゆさ、違和感。それはそれで良いのかもしれないが、自分には無理そうだと改めて納得。

結局行って帰っての本当のとんぼ返りだったのでなんちゃってふるさとを堪能できずに終わった。

抹茶味のひよこがあったので買ってみたくらい。

#2 Everyone is going their own way.
みんながどうしているか。結局結婚式というのは同窓会と同じようなものらしい。

呼んでくれるということは、いま#1のようなことを言ったけれども、とても嬉しいことで口には出さないけど、感謝の気持ちで一杯。

裏を返せば、自分の結婚式の時にあれだけの人たちを呼べるかどうか不安ではあるけど。

とりあえず同期の先生たちは今まで聞いた通りの経過をたどっているみたい。

#3 Psychiatry is a slow practice.
精神科に進んだ人。当直などをこなしながら、でも9時5時の生活らしい。羨ましいなと思ったけど、でも5時以降は当直医が来たりするから残りにくいし、でも精神科は書類仕事という一面が大きいらしく、当直の際には「小学校の宿題」みたいに書類を書いているそうだ。

病理で嫌になったら精神科も次の選択肢としてはいいよ、と言われた。

実は個人的には精神科も悪くはないかなと思っているところ。

心の問題というのは語弊を恐れずに言うならば検査値で分かるわけではなく、かなり主観的な問題。現段階ではまだ画像や検査値での診断は困難で(脳血管性認知症ですらこの画像所見があれば認知症とはいえないはず)、DSM-IV(来年DSM 5が出るらしい)やWHOのICD-10は診断においてアルゴリズム的な診断を用いている。

だからこそ患者さんが診断基準を入念に勉強してその基準にあった症状を訴えれば簡単にうつ病や統合失調症になれたりするんだけど。

そこからは経験と勘の範疇。結構外来や救急対応をしているとわかるけど、嘘をついていそうな人はだいたい分かる(もちろん分からないこともあるし、疑わしい時は状況に応じて意図的にどちらかに転がすときもある)。

あと自分が精神疾患を患っている人は精神科医にならないほうが良いとも言われている。それは共倒れすることもあるから。


適性なんてやってみないとわからない、というのが持論だけど、もし現時点での適性は?と言われると精神科かもしれない。

#4 Back to when I was in the psychiatry training.
ブログの過去のエントリーを見ていると、どうやら2010年6月くらいみたい。Bloggerって便利♪と思う。

その時のブログのエントリーを見ても精神科の研修について取り立てて書いていないけど、あの1ヶ月間は自分にとってすごく新鮮だった。

あの1ヶ月間で学んだもの

・精神科は時間の流れ方がすごくゆったりとしていること
・精神科の診断、投薬はかなり論理的だということ(裏を返せば操作的とか機械的とか言われるかもだけど)
・落下しそうな飛行機を再上昇させると言うよりも、どちらかというとこれ以上落下させないようにゆっくりと高度を落とすような、そんな治療

うつ病の投薬のレクチャーは自分にとってかなり斬新だった。もちろんうつ病は精神科の範疇で自分のような一般内科医が見るべきではないと考えているけど、実際には来てしまうし、稀には仕方がない、という状況もありうる。

それでも紹介しようとは思っているけど(笑)、実際にどのように治療をされているかがわかれば紹介する側からしても楽だしスムーズにいく。

#5 Prejudice is inside us.
「精神科」に対する偏見というのは個人的には患者さんよりも非精神科の医療従事者の方が強いと思うので。

よく外勤先の病院で精神科疾患の既往のある身体疾患の患者さんを入院させようとすると「もし暴れたらどうするんですか?」と必ず聞いてくる。

別に統合失調症でもコントロールが良ければ暴れるとは限らないし、、、もし自傷他害があれば精神科か警察に連絡するし、、、といってもなかなか聞いてもらえない。自分たちが直接接するから余計怖いというのがあるのだろうけど。

個人的には暴れたらホリゾンかドルミカム、もしくはプロポフォールで眠ってもらうのが一番と思う。精神科での身体疾患のケアというのは単科病院であればあるほど手薄くなるのは知っている。なので身体疾患がメインであれば一時的であれば一般病院で受けるのが妥当と思っている。自分が見れればそれが一番いいんだけどね。

#6 Overall psychiatry is logical.
結局のところ精神科は自分に向いていると思った理由が精神科という科が「あいまいなものに対して論理的にアプローチする」科だということ。

基本的には患者さんから口に出された言葉が治療の基本になるので言葉を十分に解釈する必要がある。「元気ですよ」と言っても本当に元気なのか、無理して言っているのか、それとも躁状態なのか。それを判断するために経験+αのスキルが必要なんだと思う。

2012年6月24日日曜日

Learning new things.

#1 Bone marrow and renal biopsy
最近初めて骨髄生検と腎生検を読み始めた。幸い初心者向けのとてもわかりやすい読み方の本が手元にあったのでなんとか診断(の下書き)まで辿りつけた。

初めて、というのはだいぶ少なくなるけど、でもまだまだ減りそうにはない。

なんか高校の時に勉強した三角関数や微積分を思い出すような感じ。

cos, sinやlim, integralを使うのが格好良くて、無駄に勉強していた感じ。cos^2x + sin^2x = 1とかlim x->0 sinx/x = 1とか色々書いてはにやりとしていた。

こう書くと変態に見えるけど、結局はこの勉強の結果、今があるわけだから無駄とは言えない。

#2 Calculus is useful.
よく日常生活で微積分なんて使ったことがない、ということをよく聞く。そういう人は数学に対して恨みすら持っていることが多くて、たいていは説得しても無駄なので「数学はすごく役に立つよ!」とは言わずに「そうかもね」と軽く同意する。

別に微積分が日常生活に重要だ!と言うわけではないが、そもそも数学というのは現象を抽象化して抽出したもの。ある程度具体的なレベルに落とせば、そこら中に転がっている。

自分の例で言うとf(x) = x^2はy軸を中心に対称の図形。xがマイナスの時には減少するがxがプラスの時には増加に転じる。

脱水の患者さんに点滴を負荷してもすぐには尿量は増えない(期間を区切ってしまえば輸液を負荷しているのに尿量が減少し続ける、ということもありうる)。ある程度時間差をもって出てくる。それに気付かずに少ないからとどんどん負荷をすると今度は溢水になる。f(x) = x^2と同じカーブを描くわけではないが、最初は減少していてもいずれは増加するんだ、という感覚が必要。

それをどういうふうに解釈するかというとf'(x) = 2xとすれば、f(x)が減少していてもでもf'(x)は単調増加になる。尿量は減っていても、「減り方が減少している」(「傾き」は増加している)と判断して待つことが出来る。

#3 Check the differentials
増えている、減っている、という単純な比較だけじゃなくてこれからどういう傾向になっているのか、と考えるのが重要。

0, 1, 4, 16, 25, 36となれば増えているし増え方も大きくなっていると分かる(f(x)は単調増加、f'(x)>0)。40, 50, 55, 57, 58, 58.5とくれば増えているけど、増え方が頭打ちになっている(f(x)は単調増加、f'(x)<0)。

これくらいはっきりすれば数式を使うまでもないけど、実際は微妙なところが多く、その時に微分の考え方を持っていると、大まかな推測をすることが出来る。実際に計算すると言うよりもそういう概念を持っている事の方が重要だと思う。

概念を持つということは、やっぱり地道に計算問題を通して慣れるしかない。

#4 Problem solving
例えばパラメーターが4個あるとき、パラメータを求めるためには関係式が4個必要(例外はいくつかあるけど)。

かなり大雑把だけど、問題を解く時にどういう条件が必要か大まかに参考になる。

一般的に証明をするとき(自分の知っている高校数学の範囲内だけど)、直接証明する方法(演繹法)、帰納法、背理法がある。どれを使ってもいい場合もあるし、これのほうが証明しやすい、というのもある。

背理法を用いると、AかBかどっちだろうと悩んだ時に少なくともBではないことを否定すればAの可能性が高いだろうということになる。実際にAかBかはっきりと区別することが出来ないことが多く、どちらの可能性が高いとしか言えないこともある。

#5 Cloud computing
レンタルサーバーのファーストサーバでデータ障害が起きて、データの復旧は困難とのこと。

まぁ本当はバックアップをきちんと取っておいて、こういう時に備えるんだろうけど。

一般的に言われているとおり、一番は物理的なバックアップ(紙, DVD/CD)。

ただ地震があったことでクラウドの重要性がましたような気もする。

どっちも重要ということなんだろう。恐らく。

2012年6月17日日曜日

雑多感

#1 Business people
最近忙しい、ことになっている。いわゆるビジネスな人になるのだろう。

じゃあbusyじゃない人、free peopleは今で言うNEETになるのだろう。

昔床屋さんで平日の朝10時くらいに行ったら

「お客さん自由人ですかぁ?」

と言われたことがある。自由人って…なにそれ?てな感じで、自分は今学生で、今日は講義が休みで最近忙しくて髪を切る暇がなくて…と説明して納得してもらったけど。

多分いわゆるNEETと思われていたのだろう。まぁいいんだけど。

#2 Social safety net

このご時世、自由に暮らしていてもそれなりの知恵があれば生活保護を受けられるからいいんだろうけど。

ただ、病院内での生活保護者に対する医療従事者の態度はあまり良くない。生活保護者の中に受診態度が好ましくない人が多い(あくまで個人的な印象)のだけれども。もちろん素直な人もいたりしてその時はあとであっ、生活保護だったんだと気づくこともある。

医療の内容が変わることはないけれども、病院的には医療費のとりっぱぐれがないとかに関する。また個人的には医療の必要性の有無の書類(正式な名前は忘れた)に「●●のため医療が必要です」と書かなくてはいけないことくらい。まぁ正直要らないだろ、と思う人もいるけど、「医療の必要性はない」と書く人はいないだろう。

必要もないのに病院を受診する、というのはpsychologicalな問題だという認識もできなくはないので。

#3 Cookbook.
本の自炊。英語ではまさかcook bookとは言わないだろう。ちなみに英辞郎には該当表現は見つからず、wikipediaだとbook scanningというらしい。まぁ当然か。

本の自炊生活もだいぶpeakになりつつある。というか本を買うときに自炊向きかそれとも保存しておく向きかを考えて買うようになった。

薄い本でしかも内容が濃いもの、多少厚い本でも辞書的にしか使わないものは自炊向き。ある程度厚くて引用する回数が多いと思われるものは自炊には向いていない(パラパラとめくる作業ができないため)。

ただ、忙しいのと面倒なのがあってなかなか自炊できないというのもあって全部が全部というわけではないけれどもまぁある程度はできたかなと。

バイトを雇いたいという人がいる気持ちもわかる。

自炊した本を果たして読むのかという疑問がひとつあるけれど、結論としては

読む本は読むし読まない本は読まない。

紙の時とさほど事情は変わらない、ということみたいだ。ただ、PDFというかタブレットPCの制約上しおりはあった方が断然に読みやすいことが分かった。

目的地までのたどり着き方がぜんぜん違う。

なのでこれからは作ったPDFには必ず栞を入れようと思った次第。

2012年6月10日日曜日

雑多感

#1 診療マニュアル
半分は必要に迫られて、もう半分は趣味的に診療マニュアルを作った。

内容は総合内科・一般外科的なもの。以前の診療の中心であった救急をベースに現在の外来の中心である慢性疾患を取り入れたもの。

いわゆるレジデントマニュアル系の本が救急を主体にしているため、両者を取り入れた(外来、当直を週一くらいでする)本がなかったというのが一番の理由。

後は3年間の臨床経験をそろそろまとめてみようかというのも他の理由。

書いていくととりあえず今Wordで50ページ超。結構自分が曖昧に覚えていたことも多かったことに気づいた。

そもそも全然知らないや、ということも少なからずあった(肝炎とか)。バリバリやっていた頃とは若干治療の主流が変わってきているみたいだ。たかだか1年ちょっとなのに。

最終的には100ページくらいでひと通り揃った本を作りたいなとおもっているところ(出来れば出版も?)。

#2 Studying English
技師さんが英語を勉強しているという話を聞いた。

正直、何でいるの?必要なければ勉強しても無駄じゃない?と一瞬思ったが、「趣味」と考えれば別にいいのかとも思った。

自分が英語の勉強を始めたのもそもそも中学校からで試験に英語が出るからという程度。でもハマり始めてからはそんなの関係なしに四六時中やっていたような気がする。

今は英語の勉強と言うよりも英語で勉強と言ったところ。英語の本がなければ多分業務も結構厳しくなる。

ただ、必要上迫られて勉強しても、重要なところしかしようとしないからあまり身につかないのかもしれない。

だから、その技師さんみたいに「もしかしたら将来必要になるかもしれない」なかで趣味という形でまえもって勉強するのはある意味ベストなのかも。

Speed learningがどの程度効果があるのか(はっきり言って宣伝されている通りだと効果はないと思う)分からないけれど、少なくとも勉強をしているというのはゼロよりも大きな進歩のはず。