2012年7月14日土曜日

雑多感

#1 Afterwards
とりあえず今のところ何もない。何もないことが多分いちばんhappyなんだろう。

#2 Treating ladies
どうやら一言二言多いらしい。

「先生失礼ですね」とよく言われる。実は前からずっと言われてきたことで、もはや性格である以上変えようがないのだけれども。

確かに一言二言多くてちょっとは反省する。

ちょっと、というところが味噌。

あまり強く反論できないように、たいていは「ちょっと恩を売っている人」に対して少し切り込んだ発言をすることが多い。そうして若干反論される程度。たまに思ってもみない反応が返ってきたりするのも、まぁ生きているってことなんだろう。

人間関係は基本的flatな関係を望んではいるけど、天秤と一緒で水平を保つのは結構難しい。

また立場の問題もある。個人的には年下・年上、役職構わずため口で話してもらって全く構わない、と思っているが、そうすると自分はよくても周りからまずいと言われかねない。

自分は良くてもそれを全体で行うとかなりまずいことになる。

#3 Get along with others
自分より立場的に上の人はどう扱おうとその人の「自由」になるので、気にしないが、立場が下に当たる人に対する対応はすごく神経を使う。

病院の中では例えば看護師さんが筆頭になるけど、実は事務の人、救急隊員に対する対応が盲点だったりする。

事務の人、救急隊員は立場上絶対に医者に逆らえないので、彼らから直接不平・不満を聞くことはない。夜中に電話で呼ばれたり起こされたりして「笑顔で対応」できるかどうか。正直あまり自信ないけど(怒ったりはしないけどちょっと機嫌が悪い時もあったかも)。


もっというと事務・救急隊員に「正しく」対応することで何か自分にメリットがあるのと言われれば若干謎だが。

後の看護師、臨床検査技師、診療放射線技師、栄養士等paramedicalのcategoryにはいる人たちは指示を受ける側で、基本的にnoという権限はない(不可能とは言えるけど)。

なのでなるべくむちゃくちゃな要求はしないようにはしているけど、まぁ感じ方は人それぞれなので仕方がない。

#4 Be kind to all
結局のところ以上をまとめると「人に優しく、自分に厳しく」という格言に収束するけど、まぁ難しい。

2012年7月9日月曜日

Escaping from reality, going back to the real world

#1 Problem solving
大学入試の数学の問題を解いてみた。

自分の母校の大学の二次試験。

東大京大みたいに骨太な問題は現役じゃないのでちょっとさすがに大変だけど、自分の母校程度なら頭のトレーニング(というよりも手を動かすトレーニング)になる。

英語と合わせてこれならまた再受験できるかもwと思ってしまった。

#2 Mathematics is very useful
よく言われること。数学は役に立たない。

http://hirokickman.blogspot.jp/2012/06/learning-new-things.html

にも書いたような気がするけど、ふと思い立って時間つぶしが出来ることも利点の一つか。

#3 Live in the world of diagnostic surgical pathology
そして翌日。一人では滅多に行く事のないスーパー銭湯に行って考えた(生薬薬湯は肌がヒリヒリするので駄目だわ)。

いったい自分は何がしたいのか、そして何をしたくないのか。いったい目標をどこに置くのか。

そもそもなぜ病理をしようと思ったのか。

なぜ医者になったのか。

なぜ医学部に入ったのか。

なぜ大学に入ったのか。

戻れば戻るほど、答えから遠ざかるような気もする。

やりたいことがわからなくなったら、とりあえず、まず原点に戻ることにしている。そもそもなぜ今の病理部に来たのか。

それは病理がやりたいから。その病理とは多分病理診断、surgical pathologyをやりたくて来たのだろう。結局学位とか云々は周りからの(有言無言の)プレッシャーだったりもする。みんながそうしているからと焦って入ったようなもの。

でも病理診断をやる上で学位は必須だろうか。自分は学位をとってacademic carrierを進むこと、教授になることを目指しているのか。

そうではないなという結論になった。

結局のところ自分の中でのmainstreamはあくまで病理診断であって、研究はそれに付随してくる、かもしれないものであってその逆はありえない、という結論。

極端なことを言えば診断学がしっかりしていれば研究は全くしなくてもよい。それはありえないよと言われるかもしれないけど、それが今、そしてこの先10年の結論。

そしてsurgical pathologyを実践するのに病院の大小は本質的には関係ないのかもしれない。未知のものに対するアプローチは基本的には同じはずだから。

#4 Do not care for others
となればすることはstraightforwardだ。

多分大学院を退学すると上の先生たちがいろいろまた火花を散らしたりするかもしれないけど、それはごめんなさいということに。

次話すタイミングがあればそうすることにしよ。

2012年7月7日土曜日

Educational problem.

#1 On the job training
最近の話題。夜間の救急対応中の心電図異常。

胸部症状があったが心筋梗塞などの虚血性心疾患は否定的で、まあルールアウトのために行った心電図でのこと。

検査技師さんが心電図を取っているのを横で眠い目をこすりながらパッと見てST変化なし、sinusで時々VPCあるけどまぁ異常なし。

採血でも酵素が上がってない、電解質その他著変なし、レントゲンで心拡大、胸水、肺水腫なし。

というわけで、心因的なものもあるのだろうということで帰ってもらおうとしていた。

#2 Read ECG
心電図なんて普段風景でしか読んでいなくて、しかも最近心電図を読む機会が減っていたから若干感が鈍っていたのは否定しない。

最初に遠目で見たときにいいでしょと言ってしまった自分が悪い。

いざカルテに挟まれた心電図をもう一度見たとき、なんか違和感があった。で(あまり賢くないけど)自動診断結果を見ると誘導つけ間違え疑いとのこと。

よく見るとaVRが陽性になっているではないか。I誘導が陰転化しているではないか。

となると答えはよくある「左右の誘導のつけ間違い」となる。すぐに担当した検査技師が呼びされた。

#3 Professionals
はっきりいって誘導のつけ間違いなんてよくあるし、でもそれに最初に気づかなかった自分も悪い。のでなるべくやさしく教えてあげた。

看護師さんは「ちゃんと言わないとわからないですよ!」ときつ~い口調で迫っていたけど。

心電図がちゃんととれているかを確認する方法はいくつかあるけど(最近はもっぱら自動診断、、、)、一つはaVRは必ず陰性だということ、胸部誘導ではr progression(R波がどんどん高くなること)がわかりやすい目安になる。

確かに看護師さんの「毎日心電図をとっているのならそれくらい気づいてしかるべき」というのはごもっとも。いくら新人とはいえ検査技師の専門分野なのでやっぱり間違えるのはまずい。というよりも間違えてもいいけど、どこかで気付く必要がある。

看護師さんの指摘ポイントは「気付くべき」箇所で気付けなかったところが改善の余地があるとのこと。

#4 How to tell the wrong point
間違っている点をどのように伝えるかは難しい。言い方にもよるけど相手にとって「怒られた」と感じる場合は少なからずある。

かくいう自分もそう。

看護師さんは「最近の若い人は間違えている点を指摘するのを怒っていると感じ取るから難しい」と。

自分もそう感じてしまうのでなるべく怒らないように笑顔でこうしたほうがいいよと伝えるようにしているけど、それでは本人にとって効果がないのかもしれない。

となるとどうやって伝えればいいのかわからなくなる。一番は心電図をとっている時点で「違うよ」と指摘してあげることなんだろうけど。

甘やかすだけがいい、というわけではないのだろう。それは分かっているけど、何が正解なのかは難しい。

2012年7月4日水曜日

Talk with him.

#1 What is your plan?
部長とお話。

いろいろ話はひろがったが、今の仕事量が多いこと、研究どころではないことなどを話した。

そうしたらどうしたいのと。

まぁどうしたいこうしたいはあるけどねぇ。

休学する?とも言われた。

あまりにアホすぎてちょっと動揺した。入って3ヶ月で休学とかあまりにもアホすぎる。

結果的に標本量をちょっと少なくするということで結論を得た。それでも多分余裕はでないと思うけど。

#2 My plan in the past
こういう結果になるだろうというのはだいたい予測できていたので予定通りといえば予定通り。

はなから自分には学位を取ろうなどという気はさらさらなくて(取っても良いとは思うけど、今の環境下では多分無理)、でも一度も挑戦せずに諦めるのは時期尚早かと思っていたところ。

そこで部長は学位を取るかと聞いてきて、じゃあ大学院に行こうかということで入った。

本来大学院を選ぶ時はここで本当にいいのか、具体的に言うと指導教官の指導力(≒指導実績)を見るべきで、これまでの経過から多分無理だろうというのは明らか。

だからまあ辞めることを覚悟で最初から入った。

ただ、まさか向こうから休学にする?と言われるのは想定外だったけど。

#3 My plan in the future
どうしたいの?と言われて、ふとどうしたいというのがないことに気づいた。

すごくcompactに生きるのならどこかの病院で小さく暮らすか。

それとも大々的にどこかの教授にでもなるか。

今の自分の状況を鑑みると、人を育てることに責任を持つ必要があり自分にはちと荷が重いか。
(はっきり言って責任を果たしていないように見受けられる人もいるけど、「親はなくとも子は育つ」しそういうものなのか)

あの場面ではうまく言えなかったけど、どっちともつかずになるのなら、まずは診断を集中的にする。もう3~4年いて診断に関しては文句なし、と言えるくらいになるまでtrainingを続ける。その方が道もstraightでよい。そして休学をする意義が乏しく退学の方が退路がなくて良い。

という結論に至った。

2012年7月1日日曜日

Everyone is going their own way.

#1 Everyone is going their own way.
結婚式での感想を若干引きずる。

小中学校、高校もかも知れない。「私たちはそれぞれの道を歩んでいきます」という下りが卒業生の答辞にだいたい入っている。

今ならすごく分かる。だからなんだってことなんだけど。

1年前に同じline上にいた人たちもわずか1年で、例えば自分の病理と精神科のように全く別のpathwayをたどっていく。

と思えば消化器内科に進んでいる人がもう病理をしたいと言ってみたりしている。

イメージとしては2次元の中を放射状に広がっていくと言うよりも3次元の箱のなかで開放されて飛び交っているようなもの。

Facebookで絶対に会わないだろう人たちとまた出会えたことも含めてすごくそう思う。

#2 Who is the winner?
そういう考え方をするとあまり出世したとかしないとかは意味が無いのかもしれない。ちょうど中学入試でやったような立方体をどういう面出来るか、という話と一緒。

切り方によっては三角形だったり長方形だったり、正六角形も可能。切り方によって面が変わってくるのでそんな中で上下を考えても意味が無い。

とはいえ、一般的に認知されている職業だったりすると「うらやましい」と思ってしまう。その程度。

「自己実現」という切り口を使うと自分はかなり下の方かもしれない。今すぐ大学院を辞めて東京外語大学に入りなおさなちゃw

#3 Break is necessary, sometimes.
時には休憩も必要。

看護師さんの中には人生の休憩と称して仕事を辞めて一定の期間体の良いNEETを過ごして再就職する(派遣など)という人もいる。

でもやはりNEETは歓迎されるべきものではない。病院のためというよりも本人のためにもうちょっと我慢したほうがいいよとは言うものの、やっぱり辞めていく。

引く手あまたなのだろう、今のところは。

まぁ女性が多いから結婚できれば問題ないのだろうけど。

We are in the same boat 2

#1 We are in the same boat.
前回のエントリーで精神科の前置きが長すぎて本来書こうとしていた話題にたどり着かなかった。

その後kmjの検査技師さんとごはんを食べに行って、最近の状況についての話題交換。

自分の置かれた(自分にとっては不遇な)境遇について延々と語った後、向こうのそれまた不遇な状況について聞いたところ。

すごく月並な結論なんだけど、「みんな苦労しているんだ」ということ。

#2 Advice for someone is also advice for myself.
自分のことはさておき、人にアドバイスをするのが好き。

お前に人にアドバイスをする資格はあるのか?といわれそうだけど、赤の他人の目線というのは意外と有難くて、知らず知らずのうちに自分の中で泥沼に入っていることはしばしばある。

優秀な人というのは、泥沼に入っていることを自覚してそれを冷静な視点で見て自ら修正することが出来るのだろう、多分。

その検査技師さんは「自分に他の人以上に仕事を押し付けられて、しかもやったことない手技をほとんどフィードバックもなしにさせられるし大量の仕事で時間がかかって苦情が来ても自分が謝らなければいけない」というもの。

多少盛っているかもしれないけど、前後の事実関係から多分9割方は事実なんだと思う。

少ない給料のわりに任されている仕事量が多いことにはすごく同情をする。

一般的にこういう問題というのは
解決のしようがない
ことがほとんど。多分今その人が勤めている病院では人が少なくてそれでもこれまで通りに回さなくちゃいけない。要求水準を満たすために無理やりやっている感があるのだろう。

これは結構重要なことで、多くの人は(時として自分も含めて)自力で解決しようとすることがあって、でも解決しなくて破綻してしまう。どこかのワタミ会長みたいに無理にやらせてみて、ほらできるでしょ、出来ないとは言わせないというのは論外として。

その時にするアドバイスとしては

・自分の現状(と出来れば他の同期の人達の現状)を具体的に把握する(勤務時間、仕事量等)
・自分のスキルを把握する(この仕事なら何分でこなせる)
・上記の結果起こっている問題点を把握する(・先週は●件「遅い」という苦情が来た)
・以上を上司に伝える

「苦しくて大変です」という訴え方はとても感情的で「苦しいのはわかるけど、若いうちは苦労が必要だから大変だろうけどもうちょっと頑張って!」と感情的に返される。でも仕事量と自分の現在の実力、両者の解離によって起こる問題を「伝える」と、それに対して上司に「判断」を迫ることになって、逃げにくくなる。

もちろん「大変だろうけど頑張って」と言われる可能性もあるが、その時点ですでに以後起こるトラブルは上司が自動的に責任をとってくれることになる(かどうかは、実際のところはわからないけど、少なくとも「部下の仕事の管理」が出来ていないことになるので、多少の責任はなすりつけられるだろう)。

たまに「じゃあどうしたら良いと思う?」と聞かれることもあるがその際は「自分のスキルアップを目指す」ことはもちろん、「最終的にnegative feedbackを受けるのは患者さんだ」ということを強調して、部門全体として問題を捉えて解決すべきだという方針に持っていく。

逃げのように思うかもしれないけど、これは問題解決の本来のあり方で組織が大きくなればなるほど、個人の努力を過度に期待した働かせ方というのはかなりリスクが高くなる。頭の良い上司なら「がんばれ」と言って、適当に問題を放置した結果最悪の事態が起こりうる、ということを必ずわかってくれるはず。

#3 Unidentified complaint.
不定愁訴のような訴え(緊張型頭痛等ストレス?から来ると思われるものを含む)をする人には以上のような解決できない悩みを持っている人が多い。

それは他人から見てもどうやっても解決できないゲームのようなもの(たけしの挑戦状みたいな?)。

もしかしたらかなりtrickyな攻略法があるのかもしれないけど。

経営者なら義務に加えて権限を持っているからまだマシ。中間管理職や下っ端の人は大した権限もないのに義務が半端なく多いからストレスが掛かる。

それは会社だけじゃなくて、いわゆる嫁姑関係にも見られると思う。

(ストレスというのはかなり曖昧に使われれて、プラスマイナスや程度は個人によって相当変わってくるから十把一からげにストレスとまとめて使うのには抵抗があるが結局便利なので使うけど)

本来はそういうのを含めて上司が吸収すべき、きちんと目を配って過度な負担が加わらないように監視すべき。

もし自分がそういう立場になったらちゃんとしようと思っているが、それでは現在困っている人には何の問題の解決にもならない。

#4 Practical solution
じゃあ実際どうするか、ここまで読んでもらえたら多分分かると思うけど
なるようになるしかない
というのが基本方針。自分の権限や+αの行動でどうにかなるのならどうにかするけど、どうにもならないことに対して考えるのはresourceの無駄。

問題解決の放棄とも思われるかもしれないが

xに関する二次方程式 ax^2 + bx + c = 0 (a ≠ 0, b^2 -4ac <0)

の実数解は「なし」というのが正解で、方法の一つに「不可能」という選択肢を加えることで例外がなくなり見通しがずっと楽になる。

もしかしたら解決できるかもしれないけど、様々な制約を考慮すると「不可能」というのは立派な解決法になる。

#5 Impossible
実際の状況では「不可能でした、てへぺろ」では駄目なので諦めるか他から代償を持ってくる、という発想になるだろう。

「大変です!」「がんばれ!」からはこういう発想は生まれてこない。

We are in the same boat.

#1 Wedding ceremony is always something.
結婚式にまた行ってきた。

あの結婚式特有のはがゆさ、違和感。それはそれで良いのかもしれないが、自分には無理そうだと改めて納得。

結局行って帰っての本当のとんぼ返りだったのでなんちゃってふるさとを堪能できずに終わった。

抹茶味のひよこがあったので買ってみたくらい。

#2 Everyone is going their own way.
みんながどうしているか。結局結婚式というのは同窓会と同じようなものらしい。

呼んでくれるということは、いま#1のようなことを言ったけれども、とても嬉しいことで口には出さないけど、感謝の気持ちで一杯。

裏を返せば、自分の結婚式の時にあれだけの人たちを呼べるかどうか不安ではあるけど。

とりあえず同期の先生たちは今まで聞いた通りの経過をたどっているみたい。

#3 Psychiatry is a slow practice.
精神科に進んだ人。当直などをこなしながら、でも9時5時の生活らしい。羨ましいなと思ったけど、でも5時以降は当直医が来たりするから残りにくいし、でも精神科は書類仕事という一面が大きいらしく、当直の際には「小学校の宿題」みたいに書類を書いているそうだ。

病理で嫌になったら精神科も次の選択肢としてはいいよ、と言われた。

実は個人的には精神科も悪くはないかなと思っているところ。

心の問題というのは語弊を恐れずに言うならば検査値で分かるわけではなく、かなり主観的な問題。現段階ではまだ画像や検査値での診断は困難で(脳血管性認知症ですらこの画像所見があれば認知症とはいえないはず)、DSM-IV(来年DSM 5が出るらしい)やWHOのICD-10は診断においてアルゴリズム的な診断を用いている。

だからこそ患者さんが診断基準を入念に勉強してその基準にあった症状を訴えれば簡単にうつ病や統合失調症になれたりするんだけど。

そこからは経験と勘の範疇。結構外来や救急対応をしているとわかるけど、嘘をついていそうな人はだいたい分かる(もちろん分からないこともあるし、疑わしい時は状況に応じて意図的にどちらかに転がすときもある)。

あと自分が精神疾患を患っている人は精神科医にならないほうが良いとも言われている。それは共倒れすることもあるから。


適性なんてやってみないとわからない、というのが持論だけど、もし現時点での適性は?と言われると精神科かもしれない。

#4 Back to when I was in the psychiatry training.
ブログの過去のエントリーを見ていると、どうやら2010年6月くらいみたい。Bloggerって便利♪と思う。

その時のブログのエントリーを見ても精神科の研修について取り立てて書いていないけど、あの1ヶ月間は自分にとってすごく新鮮だった。

あの1ヶ月間で学んだもの

・精神科は時間の流れ方がすごくゆったりとしていること
・精神科の診断、投薬はかなり論理的だということ(裏を返せば操作的とか機械的とか言われるかもだけど)
・落下しそうな飛行機を再上昇させると言うよりも、どちらかというとこれ以上落下させないようにゆっくりと高度を落とすような、そんな治療

うつ病の投薬のレクチャーは自分にとってかなり斬新だった。もちろんうつ病は精神科の範疇で自分のような一般内科医が見るべきではないと考えているけど、実際には来てしまうし、稀には仕方がない、という状況もありうる。

それでも紹介しようとは思っているけど(笑)、実際にどのように治療をされているかがわかれば紹介する側からしても楽だしスムーズにいく。

#5 Prejudice is inside us.
「精神科」に対する偏見というのは個人的には患者さんよりも非精神科の医療従事者の方が強いと思うので。

よく外勤先の病院で精神科疾患の既往のある身体疾患の患者さんを入院させようとすると「もし暴れたらどうするんですか?」と必ず聞いてくる。

別に統合失調症でもコントロールが良ければ暴れるとは限らないし、、、もし自傷他害があれば精神科か警察に連絡するし、、、といってもなかなか聞いてもらえない。自分たちが直接接するから余計怖いというのがあるのだろうけど。

個人的には暴れたらホリゾンかドルミカム、もしくはプロポフォールで眠ってもらうのが一番と思う。精神科での身体疾患のケアというのは単科病院であればあるほど手薄くなるのは知っている。なので身体疾患がメインであれば一時的であれば一般病院で受けるのが妥当と思っている。自分が見れればそれが一番いいんだけどね。

#6 Overall psychiatry is logical.
結局のところ精神科は自分に向いていると思った理由が精神科という科が「あいまいなものに対して論理的にアプローチする」科だということ。

基本的には患者さんから口に出された言葉が治療の基本になるので言葉を十分に解釈する必要がある。「元気ですよ」と言っても本当に元気なのか、無理して言っているのか、それとも躁状態なのか。それを判断するために経験+αのスキルが必要なんだと思う。