2013年6月17日月曜日

Smartness

#1 Is Physical Exam still Effective?

最近身体診察が御座形になってきたなぁと思う。結局心エコーするし…、結局Xp, CT撮るし…という安心感からかどうしても手を抜きやすい。

手を抜いてしまう一番は胸部の聴診。

心音なんて服の上からじゃあ十分には聞けないけど、まぁ若い女性だとわざわざセクハラといわれるくらいならそれでも良いかなぁと思ってみたりする。

薄手の生地であれば問題ない(主観)。でもブラジャーに関しては、本当にまじめに呼吸音や心音をきこうとするときには外してほしい。ただでさえ厚い胸で聞き取りにくいのにブラジャーで擦れたら、聞こえる音も聞こえなくなってしまう。

後、今の教科書に記載されている身体所見は玉石混在であまり意味のないものから、かなり特異的なものまで含まれている。Evidence basedということでマクギーやJAMA等の文献も出てきはいる。本当に価値のある身体所見だけを残して、前時代の感度、特異度も乏しいものは一掃してほしい、と思う。

#2 Cost effective or Court effective?
身体所見を重視すればコストが安く済む??

ただ、実際問題、交通外傷の患者さんに対してどんなに丁寧に診察をして骨折の有無を判定した所で、レントゲン一枚以上の価値はない。身体所見はどうしても再現性に欠けるし、判定者の経験に大きく依存するため、客観性の担保が難しい。

身体所見が診断の根拠になりうるものもあるけれど、多くの病気では他にも診断基準が用意されている。

そういう意味では裁判を想定すると、血液検査や画像検査などをもっと重視すべきだ、ということになる。

#3 Physical Exams is STILL important.
とまぁ、身体診察に対して否定的なことを述べたけれども、それでも必要。大動脈弁狭窄症は心エコーですぐにわかるけれども、症状がない人に対して心エコーをしようというモチベーションは普通わかない。

#2でも述べたようにinterobserver / intraobserver differenceが比較的大きい身体診察は確定診断ではなく、スクリーニング・疾患のフォローで、differenceが比較的少ない血液検査やCTで確定診断で、という風にうまく住み分けた教科書があればいいと思う。

ただ、それは伝統的な医学を否定しかねないものだけど。

2013年6月2日日曜日

Something new

#1 Cytology

細胞診学会に参加。参加というか見学、というニュアンスが強いけれど。

知り合った先生が

「細胞診は肺を除けばほとんどは、焼き直しばっかりだよ」

と教えてくれた。もちろん、毎年学会をやっていて常にsomething newが出るとは限らないけれど、そんな成熟した領域なのかなとも思った。

そしてポスターを眺めていて、確信に変わった。

乳腺原発のadenoid cystic carcinomaの症例が2枚並んでいて、しかもその裏面には違う場所(忘れたけど)のadenoid cystic carcinomaの1例があった。

あとはneuroendocrine系やLBC法が若干流行っているのかなぁという印象。

Something newからしたら少し距離感があるかもしれない。


#2 The duplicate of electron microscopy

電子顕微鏡の写しみたいだ。何十年後かには、cytologyも電顕のように枯れた技術になっていくのかもしれない。

ただ、電顕と違ってscreeningに優れた技術で基本的には代替のないものだから、電顕ほど規模が縮小することはないかもしれない。(免疫染色ではない)特殊染色のようなものかなと。


#3 Inspiration

ポスターのpresentationで目新しい掲示方法というのはあまりなかった。いくつかは「これいいな」と思えるものがあったけど、でもその程度ですごい!!というのはなかった。

むしろ「こんなんでもいいんだ」というのが新鮮な印象。温故知新的なものでもよい、珍しければ、そこそこ報告があるものでもよい、というのがわかった。また行ってみよう。

2013年5月18日土曜日

Remembering.


#1 Back to the twentieth century
20世紀へ戻るというのはちょっと大袈裟だけれども、2000年までなのでだいたい中学生頃まで。

ラジオ英会話を聞いていた時期があって、多くのskitやvignetteはもう忘れてしまったけれどもなぜか記憶に残っているフレーズ。

You may think it's silly, but you have to be cool.
(バカバカしく思えるかもしれないけれども、格好良くなくちゃいけないんだ。)

そんなに格言風でもない。多分intonationが特徴的だったんだろう。

#2 As a patient
また歯医者に行ってきた。歯石の除去をしてもらってこれで一段落。

ちょうどその時に口内炎ができていて、歯も口内炎も体調の管理から、と言われてはっとした。

やっぱり言われないより言われたほうがいいなと。

医者・歯医者っていうのはそれだけの影響力を持っている、ということか。

多くの患者さんにとって、体調管理をしたところで営業成績が向上するわけではない。低下する人もいるかもしれない、という程度。

しないことによって失うことはあっても、積極的にしたところで、デメリットの減少はあっても(症状改善、疾病予防など)、メリットが発生はない。

事実自体は変わらないわけで、そうなると我々に出来るのは働きかけ続ける、ということと、働きかけ方の工夫というようになる。

以前の病院の上司は患者さんのことをすごくよく褒めていた。時には厳しくしかる(ように見える)こともあるけれども、本人の努力次第で改善可能なことができていた場合や、純粋に検査結果が良好であった場合にはきちんと褒めていた。

生活習慣病というのは急性疾患と違って、長期的に合併症を予防することが管理のポイント。なのでイベントが起こらない、という好ましい状況は患者だけでなく医者にとっても実感がわきにくい。

なので小さいことでもよく褒めることで、方向性は間違っていないんだよ、ということを実感をもって伝えることが出来るのだろう。

でもそんなことって多分教科書に書いてあるくらい当たり前なこと。でもそんな当たり前なことを実践する、というのはとても難しい。

2013年5月16日木曜日

雑多感

#1 Potential readers.
たまにブログ読んだよーといってくれる人がいる。

Webで公開はしているけれども、基本的にはclosed, 見つけたらまぁいいか、という程度。

うまく検索をかけてこのホームページを探してくれる人もいる。まぁある意味わかりやすいし。

内容は別に万人受けするようなものでもないし、タイトルにある通り、基本的には備忘録程度。

なるべく個人情報を露出しないように気をつけている。



ただ、今の時代、個人情報を100%隠して生きることはほぼ不可能に近い、と思う。特に若ければ若いほど。


#2 How do they use Internet?
もし特定の誰かについて調べたい場合、どうするか。

ストーカーではないけれど、インターネット上である程度まで個人を絞ることは可能。その人の属性によって「引っかかりやすさ」というのは変わってくる。すごくざっくりした書き方をすると


引っかかりやすい人
・社会的な活動が多い人、医師、大学生

引っかかりにくい人
・高齢者、機械音痴な女性、社会的な活動が少ない社会人(OL等)

もし本気で探す場合は今だとfacebook, twitter, mixi, lineを利用する。必要があればgree, mobageも適宜利用(アカウントは作っていないけれども)。

すごく先入観も入っているけれど、40歳以下でfacebook, twitter, mixi, line, gree, mobageをしていない人は皆無だと思う。そういう人もいるのかもしれないけれども、実際問題は何かしらしていると考えてまず問題ないことが多い。

使える素材というのはその時時で変わってくる。今はfacebookが主流だけれども、ちょっと前まではmixiが主流だった。現在から少し先はlineに変わろうとしている。多分lineも賞味期限があるのだろう。

そこらへんは(使ったことないけど)出会い系サイトについて言われていることと一緒。

#3 Analyze it!
もし該当するページを一つ見つけたら、徹底的に分析する。具体的にはなぜそのページにその人が載っているのか、ということ。

例えば小学校の絵のコンクールであれば、おそらく学校で課題として出されて、それを出したら入賞したのであろう。ここからは個人的な経験に基づくんだけど、絵がうまい人はしばしば学業の成績も良い。となると、大学に通っている可能性がある。現在の推定年齢からすると大学生であろうか、それとも高校生、社会人か。

そこから追加で検索をするときのキーワードが決定する。

あとは検索エンジンを変えてみる。多くの検索サイトはgoogleがベースになっている。正直googleベースではない検索エンジンはBing, Naver, Baiduなどでほとんどgoogleの1強の時代。

別の方向での検索も必要。

#4 Give it up
まぁ結局は適度な所で辞めるのも肝心。情報は後から追加されることも多いので。

2013年5月5日日曜日

The world of "feeling".

#1 People's Honor Award
長嶋茂雄と松井秀喜の両氏が国民栄誉賞を受賞した。

脳梗塞を発症してから長嶋さんのメディアへの露出度がほぼ0になって、たまに出る写真でもあぁ、後遺症がしっかり出ているんだろうなぁと思っていた。

結局後遺症は出ているけれども、まぁなんとか大丈夫なレベルまで回復しているのだろうなぁと。どれだけ準備していたかはわからないけれどもマスコミの質問に対してもそれなりに返答していたし。

ただ、片麻痺はもう戻らないんだろう。

#2 Training between the two
長嶋さんは直感的、というか感性的な言葉を使った指導をされる人だった(そうだし、テレビを見ていてもそういう発言が目立った)。

直感的な言葉遣いをする人は「自分でもよくわかっていないことを濁す」場合と「言葉だけでは説明できないことをなんとか説明しようとして結果的に感覚に頼った言葉遣いになる」場合がある気がする。

打撃理論というのは必ずしも一般化されるべきではないだろうし、個々人の中で理論が組み立てられることもあるかもしれない。

ある程度のレベルまで到達した人たちの中ではあまり言葉は要らないのかもしれない。

すごいなぁ、とは思うは個人的にはこの境地にはまだほど遠いような気がする。

Golden Week.

#1 Golden Week.
普段はできないことをしてみた。

病理学の学生用のテキスト(新病理学Q)を一読してみた。

学生用だからあまり難しく書いていないけど、それでもざっと見るには十分。

病理学各論(≒病理診断に必要な事項)は少し不十分だけど、総論項目は必要十分じゃないかと。

不十分な各論も項目だけでも眺めていると、いろいろ思い出してきてあぁそういうのがあったな、という感じ。

ものを見る、とか、あることを学ぶというのはその見る・学ぶ人のbackgroundが重要な部分を占める。

ある人にとっては素晴らしい講義が別の人にとっては意味不明な話にすぎないこともある。

意味不明であっても、時間がたってもう一度聞けばすごく素晴らしい話に聞こえるかもしれない。

極論を言えば、新しい経験というのは必ずこれまでの経験に基づいて解釈される、という当たり前のこと。

だから、次このテキストを見た時にはまた違った感想を持つことになるのだろう。それはすなわち成長なのだろう。

#2 Go somewhere
結局せっかくのゴールデンウィークだったけど、アウトレットへちょこっと行って終わり。

アウトレットだけれども、結局はamazonや楽天で買ったほうが安くつくことが多い。ガソリン代や手間を考えると、絶対に安い。

それでも混んでいるところへ行くのはなぜなのだろう。

多分それは混雑しているところへ行きたいからかなと。ゴールデンウィーク≒混雑、という図式が頭のなかにあって、混雑を経験して家に帰ってやっぱり家が一番いいよね!と実感して初めてゴールデンウィークを満喫した、ということになるのかなと。

家の中でじっとしていても、かんさんとしたところへ行っても(しばしばそういうところは誰も行きたがらない≒ゴールデンウィークらしからぬ場所?)あまり実感がない。

とりあえず今年のゴールデンウィークは満喫したということになった。

#3 Something new
電顕の話。電顕へよく遊びに行く。90%は遊びに行くだけなんだけど。

現在電子顕微鏡を使うのはほとんどが腎生検で他には一部心筋生検などがちらほら出るくらい。20世紀終わり頃にpeakを迎えた、いわば現在では枯れた技術。

他の分野ではどうかは知らないけれど、少なくとも病理診断においては腎生検以外で電顕が決め手になることはほとんどない(その多くは現在免疫染色に取って代わられている)。

この前心筋炎の症例で電顕用に筋生検がされたけれども、結局心筋炎に特徴的な所見が電顕上観察されるのかどうかは調べてもよくわからなかった。心筋症については、心筋の変性を主とした変化が見られ、それに対するscoringもされていた論文があったけど、後にも先にもそれくらい。

そもそも病理診断における電顕の活用はなぜか獣医学部で盛んに行われている。なぜかウイルス感染症にfocusが当てられていることが多い。

リバイバルじゃないけど、病理診断の中へもう一度取り込むようにできないのかなと思っているところ。

2013年4月6日土曜日

Be simple.

#1 A simple life
いわゆる断捨離に近い。でも断ち切れはしないのでせこせことスキャンしては捨てての繰り返し。

スキャンしても見ないかもしれないのにそれでも持っておくってどういうこと?と自問。

一種の完璧主義なのかもしれない、というよりもむしろ優柔不断か。

今自分の中で一番の重量を占めているのが本でこれの約半分を捨てることができれば、家の中はだいぶ片付く。その半分は昔はよく読んでいたけど、懐かしくて捨てられないもの。

たとえば英文法の本なんかは実際たまに参照することがあるから必要と言えば必要(といっても実際のusageはgoogleやlife science dictionary projectでの用例検索になってしまうのだけれども)。

#2 For the next disaster
次の災害に備えて準備を。

食料と着替えや軍手など一式をデカいカバンに詰めていつでも飛び出せる様に。また戻ってきたときのために普段から缶詰やペットボトルのお茶なんかを多めに貯蓄している。

たぶんこういう備えは少しずつ消費しながら新しく追加していく方がいいのだろう。タイムカプセルの様に袋を開けると、すべてだめになっていた,と言うことがない様に。

一番大切なものは通帳、印鑑、医師免許か。とりあえず今の状況であれば医師免許さえあればどこでも仕事が出来る。ありがたいことだけど、でもこの状況がいつまで続くか分からない。

#3 A special skill
I know I have to have a special skill that nobody has. However, such skills may not be demanded  simply because nobody can do. If the skill is too special, one cannot easily adopt it. When he or she is busy or ill and cannot do the job, who else can do for him? The one I should learn to do is something that only "some" people can do.